2017/02/16 日本経済新聞 夕刊  1ページ  718文字  書誌情報

 内閣府から首相官邸の坂を下っていくと溜池(ためいけ)の交差点に出る。江戸時代、玉川上水などからの水を飲料用に溜めていたことがその名前の由来であるが、水量が多く大きな親水公園のようになっていたという。

 わが国は、豊葦原(とよあしはら)の瑞穂(みずほ)の国といわれる。稲が豊かに実り、栄える国という意味だが、その要は水。灌漑(かんがい)によって水を引いてくれば、どこでも豊かな実りが約束される。実は、世界では灌漑をするとまともな農業ができなくなってしまうところが多い。雨が少ない地域で灌漑をすると、灌漑した水が蒸発することに伴って地面の中の塩分が表面に出てきて塩害が生じ、作物ができなくなってしまう。砂漠化してしまうのである。世界三大文明発祥の地の一つであるチグリス・ユーフラテス川流域、今日のイラクの多くの地域が砂漠化してしまったのもそのせいだという。日本でそうならないのは、山に降った豊富な雨水が地下水になってどこにも流れていて、灌漑した水が自然に排水されていくからである。それは、世界では珍しいこと、湯水のように水を贅沢(ぜいたく)に使える日本ならではの話なのである。

 そんなことを教えられたのは、旧大蔵省主計局で農林の主査をしていた時だった。日本の農業は生産性が低いので縮小もやむを得ないという主査の「暴論」に対して、農水省の担当者は、日本が豊葦原の瑞穂の国であること、本来生産性の高い農業を営める国だということを諄々(じゅんじゅん)と説いた。今日、政府は攻めの農業ということで日本の農産物輸出を2019年までに1兆円にするとしている。溜池に親水公園にするほどの水があった日本にとって、ふさわしい目標といえよう。

 

2017.2.16

 

 

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